モンサンミッシェル 不動の人気を誇り、天空にそびえ立つ西洋の驚異!

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モンサンミッシェルって、どんなとこ?

 

ヨシ
切り立つ花崗岩の上、海と天空の狭間にたたずむこの修道院は、大天使ミカエルに守られた聖なる場所です! 聖オベール司教が聖堂建築の告知を受けたのが708年。 依頼1300年にわたり巡礼地として、または要塞や牢獄として数奇な運命を辿りました。 孤高のサンクチュアリは現在、世界遺産として不動の人気を誇っています。

 

 

神のお告げで建てられた!? モンサンミッシェル波乱万丈物語

大天使ミカエル

戦いを司る最強の天使! 神の武器庫からたまわったという剣を持ち、ドラゴンを退治するなど数多くの武勇伝が語られています。 また煉獄の門番として魂を冥界に導く役割も担う。 「オルレアンの乙女」と呼ばれた国民的英雄ジャンヌ・ダルクを戦いに導いたのも、この聖ミカエルだったとされています。

8世紀初め 大天使ミカエルの降臨により聖地となる

708年、アヴァランシュに住む司教オベールの夢に大天使ミカエルが現れ「かの岩山に聖堂を建てよ」と告げた。 この夢を信じなかった司教に腹を立て、3度目の出現で大天使は司教の頭に指を差し込んだと言い伝えられています。 指のあとが残る頭蓋骨は今もアヴァランシュに保管されています。

10世紀~13世紀 ベネディクト派修道院の造営~巡礼の最盛期

カトリックへの改宗を条件にバイキングの首領ロロがノルマンディ公リチャード1世に。 彼の命で966年、ベネディクト会の修道院を設置。 11~12世紀には巡礼者が数多く集まりました。 13世紀に「ラ・メルヴェイユ」の塔が完成し、ほぼ現在の形になりました。

14世紀~16世紀 英仏100年戦争、宗教戦争にて城塞として機能

14世紀、英仏は100年戦争へ突入。 2国間のある修道院は閉鎖、城塞となる。 干満の差と潮流の激しさのおかげで不落の城塞となり、100年戦争は終結。 16世紀の宗教戦争時はカトリック過激派の拠点に。 プロテスタントから9回の攻撃を受けますが防ぎきる。

18世紀~20世紀 フランス革命を経た後に再建、世界遺産に登録

18世紀のフランス革命後、修道院は監獄に。 王党派など反体制派の約1万2千人が送られ、「海のバスティーユ」と恐れられました。 1863年、ナポレオン3世の勅命で監獄は閉鎖。 その後修復が進み1966年に修道院は再会、1979年に世界遺産に登録される。

解説 

ベネディクト修道院派

清貧、従順などを掲げ、修道院で共同生活を送る宗派をいいます。6世紀に生きたベネディクトゥスが創始者とされ、現在も活動を続ける修道会としてはカトリック教会で最古のもの。

英仏100年戦争

1328年、フィリップ6世の即位に対してイギリス国王エドワード3世がフランス王位継承権を主張し、戦争に突入。 戦いは1453年まで続き、その最中にジャンヌ・ダルクが登場しました。

はやわかり年表

708年 オベール司教、夢の中で「この岩山に聖堂を建てよ」というお告げを受ける。

966年 ノルマンディ公リチャード1世、ベネディクト会修道院を島に建設。

1017年 修道院の教会の建設開始。

1211~1228年 ラ・メルヴェイユ棟建設。

1328年 英仏百年戦争勃発。

1434年 イングランド軍、最後の急襲。

1562~1598年 宗教戦争勃発。プロテスタントの攻撃。

1789年 フランス革命勃発。修道院の廃止。

1865年 修道院としての機能が回復。

1874年 国の歴史記念物に指定される。

1897年~1899年 聖ミカエルの鐘楼、尖塔、彫像増築。

1922年 修道院内の教会再建。

1979年 ユネスコの世界遺産に登録される。

1995年 海洋環境整備工事が始まる。

 

パリからのアクセス

 

1、旅行会社のバスツアーを利用

 

ツアーの例 その1 モンサンミッシェル1日観光

 

ヨシ
正午頃に到着し、ノルマンディ名産のシードルが付いた昼食を味わってから修道院見学へ。 1時間~1時間30分の自由見学の後、16時にパリに向けて現地を発つ日帰りコース。

 

出発時間 7時30分 所要時間 約13時間

料金 155ユーロ(昼食1回) ガイド 日本語

催行日 毎日(1月1日、5月1日、12月24、25、31日を除く)

●ガイド・昼食なしのエコノミープラン(120ユーロ)もあり。

 

ツアー例 その2 モンサンミッシェル2日間

 

ヨシ
宿泊して夜のライトアップを楽しみたい人にはおすすめ! 1日目の行程は日帰りコースとほぼ同じ。 2日目は16時の現地出発まで自由行動。 周辺散策、みやげ探しなどがゆっくり楽しめます。 予約は土曜・日曜、祝日を除く2日前まで。

 

出発時間 7時30分 所要時間 約37時間

料金 230ユーロ(昼食1回、朝食1回)

ガイド 日本語 催行日 毎日(1月1日、5月1日、12月24、25、31日を除く)

 

2、電車+バスを利用 PLAN1

 

ヨシ
パリ・モンパルナス駅からフランス国鉄SNCFのTGV、レンヌRENNES駅までTGVで約2時間、レンヌ駅下車、レンヌ駅北口(SORTIENORDと表示)のバスターミナル(GAREROUTIERE)から直通バス「Keolis Emeraude」が1日に3~4往復しています。

 

フランスの電車、バス予約サイトはこちらから➡https://en.oui.sncf/en/?redirect=yes

 

往路の行程例

午前8時5分・・・パリ・モンパルナス駅発[TGV]

10時20分・・・レンヌ着

11時30分・・・レンヌ発[バス(Autocar)]

午後13時・・・モンサンミッシェル着

料金 チケットの種類によって37.10ユーロ~69.10ユーロ(2等車の場合)

 

3、電車+バスを利用 PLAN2

 

ヨシ
最寄りの国鉄駅となるポントルソンPONTORSON駅からバスを利用。 ただしパリからは電車の乗り換えが多く、ポントルソン駅とモンサンミッシェル間のバスは本数が少ないです。

 

徹底解剖 モンサンミッシェル修道院

 

ヨシ
数世紀もの間、歴史に応じて姿を変えてきた修道院。 10~11世紀のロマネスク様式、12世紀~13世紀のゴシック様式など、様々な様式の交じる建築芸術となっています。 修道院のシンボルの鐘楼と尖塔は1897年に完成しました。

 

見学の注意点

●靴はスニーカーなど歩きやすい物を

●礼拝者の邪魔をしないように見学を

●風の強い地域のため服装に注意

 

修道院はこうなっている

ゴシック芸術の傑作!「ラ・メルヴェイユ」

ヨシ
「驚異」を意味し、修道院付属の教会北側の居住部分がこう呼ばれています。 ゴシック様式の3層構造で、最下層は貧者のための布施分配室、2階は貴賓室と騎士の間、3階に聖職者専用の回廊と食堂があります。 聖職者を最上階級と見ていた中世の階級社会を如実に示しています。

 

大道り門

引用元:大道り門

 

ヨシ
島の入り口、ラヴァンセ門の次が大道り門です。 さらに王の門を通り島内へ。 15世紀に王の門を強化するためにこの大道り門が造られました。

 

哨兵の門

引用元:フォートラベル

 

ヨシ
14世紀建設、入り口を2つの小さな塔が見守る門です。 外壁にはのぞき穴があり、傾斜の急な螺旋階段を上がったところに警備兵の部屋があります。

 

大階段

引用元:フォートラベル

 

ヨシ
聖堂へつながる唯一の通路です。 高い壁にはさまれた通路上部の2つの橋から敵を攻撃することができました。 90段の階段をゆっくり上がっていきましょう。

 

 

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大階段の展望台

引用元:大階段の展望台

 

ヨシ
長い階段を上がっていくと、素晴らしい景色が広がる展望台に到着です。 ここからは修道院の南側の風景や島と陸をつなぐ道路を上から眺めることができます。

 

西のテラス

引用元:西のテラス

 

ヨシ
教会正面にある、このテラスは海抜80mの高さにあり、絶好の眺めを楽しめます。 床の石畳には教会建設に携わった中世の職人たちのサインが残されています。 西はブルターニュのカンカル、東にノルマンディのグルワン岬、北にはトンブレーヌ小島を見渡す絶景スポットです。 修道院の採石場だった群島も沖合に見えます。

 

修道院付属の教会

引用元:トラベルブック

 

ヨシ
11世紀に完成した教会は、何度か崩壊し、手直しをされました。 本堂北側は12世紀のロマネスク様式です。 内陣と後陣は15世紀~16世紀、ゴシック後期のフランボワイヤン様式です。 身廊の比率はノアの方舟と同じとされ、この修道院がアララト山に漂着した方舟に例えられるという説もあります。

 

列柱廊

引用元:フォートラベル

 

ヨシ
「ラ・メルヴェイユ」棟最上階、僧の憩いと瞑想の場です。 円柱をわずかにずらすことで変化のある視覚効果が生まれ周囲を歩くと柱が無限に続くような錯覚を得ることができます。 列柱上の白亜の彫刻は美しく彩色されていました。

 

食堂

引用元:近代文化遺産見学案内所

 

ヨシ
船の底のような丸型天井を採用した食堂です。 59の小窓から美しい光が差し込みますが、入り口から見ると側面の窓が見えずにダイナミックな印象です。

 

迎賓の間

引用元:トリップアドバイザー

 

ヨシ
修道院長が身分のある訪問者を迎えた場所です。 2列の身廊があり、大きな2つの暖炉ではイノシシや鹿を焼いたといいます。 中世における最も優雅な建築のひとつとされています。

 

太柱の礼拝堂

引用元:フォートラベル

 

ヨシ
10の円柱は教会を支える土台として15世紀半ばに建造。 フランボワイヤン様式の天井アーチが美しいです。 19世紀には囚人が最終判決を待つ場所として使われました。

 

聖マルタン礼拝堂

引用元:聖マルタン礼拝堂

 

ヨシ
修道院付属の教会の南側交差廊の土台として1000年に建造されたロマネスク様式の礼拝堂です。 高さ9mの円天井は儀式の際の歌声がよく響く造りになっています。

 

修道僧の納骨堂

引用元:フォートラベル

 

ヨシ
大きな車輪のある通路です。 車輪には牢獄時代の19世紀に設置。 車輪の中に6人の囚人が入り、人力で壁のレールに沿って荷車を上下させる仕組みです。 日用品を2トンまで搬入できたといわれています。

 

聖エティエンヌ大聖堂

引用元:聖エティエンヌ大聖堂

 

ヨシ
死者のために設置されたチャペルです。 祭壇の下にはAZ(永遠を表す意味)の文字が書かれています。 19世紀には、ハンセン氏病患者がこの場に収容されていました。

 

修道僧の遊歩道

引用元:フォートラベル

 

ヨシ
天井の交差アーチがロマネスクからゴシック様式の転換期を示す部屋です。 僧侶が散歩して疲れを癒した多目的ホールとして使用されていたといいます。

 

 

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騎士の間

引用元:フォートラベル

 

ヨシ
僧たちが写本や彩色を行った仕事部屋です。 天井まで届く大きな暖炉が設けられいます。 ここを出ると修行僧が巡礼者や下層階級の人々を迎えた司祭館があり、記念品を販売するショップになっています。

 

記念コイン

引用元:記念コイン

 

ヨシ
修道院の外観と聖ミカエルが描かれた2種の記念コインは各2ユーロです。

 

チェックポイント!見つけてください!さて私たちはどこにいるでしょう?

A 聖ミカエルの像

引用元:フォートラベル

祭壇にある聖ミカエルの小像です。 祭壇は聖地エルサレムの方向に建てられています。

B 謎解きのレリーフ

引用元:フォートラベル

柱上部、唐草模様などのレリーフの意味を僧侶が熟考したと伝えられています。

C オベール司教彫刻

引用元:フォートラベル

次の間への通路に大天使ミカエルに指を差し込まれるオベール司教の姿を表す彫刻があります。

D ピエタ像と死体安置所

引用元:フォートラベル

ここは1830年まで死体を安置する場所として使用されていました。 死を嘆くピエタ像が置かれています。

E 大暖炉

引用元:暖炉

この暖炉のそばで僧侶たちが暖をとり、写本をしていました。

F 聖ミカエルの像

引用元:フォートラベル

修道院内最後の記念撮影スポットです。

 

まとめ

 

モンサンミッシェル修道院について、まとめてみましたがいかがでしょうか?

モンサンミッシェル修道院は、数あるフランスの世界遺産の中でもパリから行きやすいのでおすすめの観光スポットです。

歴史あるフランスの名所を訪れる際に参考にしていただければ幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

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